掲示板の言葉
「引く足も 称(とな)ふる口も 合わす手も 弥陀願力の不思議 なりけり」
(お寺にお参りさせて頂くことも、称える念仏も合掌している手も阿弥陀如来のおはたらきによるもので、この私のはからいを超えたものであるなあ)
「我必ず聖に非ず。彼必ず愚かに非ず。共に是れ凡夫ならくのみ。」
聖 徳 太 子 『 十 七 条 憲 法 』 ( 『 真 宗 聖 典 』 9 6 5 頁 )
(私が必ず正しいとは限らない、相手が必ず間違っているとも限らない、共に間違うもの同士)
「自由に生きる」というよりも「自在に生きる」
凧が空高く飛べるのは誰かが糸を引っ張っているから でも凧はその糸さえなければもっと自由に空を飛べると思っている
その糸がなければ地上に 落ちてしまうのも知らずに
糸あるがゆえに凧は空高く舞い上がることが出来るように、邪魔なもの、制約を受けるものがあるからこそ、人は雄々しく逞しく生きることが出来るのだと言っているのです。
「これさえなけりゃ…」ではなく、「これあればこそ…」と受け止めていくことができるようになっているのです。
それまで邪魔だと思っていたものを邪魔だと感じない、制約を受けていたものを制約だと感じなくなるのです。ここが大変大事なところなのです。
つまり、自由を妨げるものを妨げだと感じなくなった時、真の自由な生き方が生まれてくるのです。これは「自由に生きる」というよりも「自在に生きる」と言った方が正確な表現かもしれませんね。