第30代住職
永 木 節 男
(ながき せつお)
小久保みのり様の作品
「当たり前だと思っていた 空が青いことも 夜の後に朝が来ることも 当たり前のことなどひとつもないのに」
現在、ボランティア活動として、総務省から委嘱された行政相談委員や矯正施設内で、悩み事相談にのったり、矯正 のために面談や講話を行ったりする 篤志面接委員(法務省)をやらせていただいています。
2022年、趣味についての原稿依頼があり、その際書き上げた原稿を以下に掲載させていただきます。ご一読いただければ幸いです。
~人を繋ぐ方便となった手品~
←この原稿を投稿した「記録と思い出」は、宗教教育研修会の終了後、発行されている冊子です。
〇なぜ手品?
私は、昭和55年から岐阜聖徳学園高等学校という浄土真宗本願寺派の関係学校 で教員をさせていただいておりました。新任の頃から歎異抄の輪読に加わり少しずつ浄土真宗、そして宗教教育について学ばせていただきました。その後、在家出身の私は35歳で得度し、教師資格を得て入寺。平成2年からは京都の本山で每年8月に開催される2泊3日の宗教教育研修会にスタッフとして参加する機会をいただきました。研修会には全国、そしてハワイの計25校から、高校2年生約100名が集まります。学校紹介、基調講演、法話、旧跡訪問、協議会、聖夜の集い、晨朝参拝、書院拝観などを通し、学校の垣根を越えて交流を深めていきます。中でも聖夜の集いでは、初めて出会った生徒たちが、班ごとに出し物を準備して発表するのですが、スタッフにとっても楽しみの一つでありました。ところが、スタッフとして参加して数年後、あるスタッフから「是非、先生も!」との声がかかりました。歌も踊りも駄目な私。さて、何をやろうか?ふっと浮かんだのが、見て楽しむものだと思い込んでいた手品でした。
〇手品に感動
早速、名古屋の手品ショップに出掛け、初心者でもできる手品を購入。何度も練習を重ねて本番を迎えました。司会者の「ミスターつるりん、どうぞ一」という掛け声でステージに上がり、まず何人かの生徒に赤青黄3本の紐をそれぞれ輪になるように結んでもらい、私の右手に載せてもらいます。そして私が「つるりん!」と呪文を唱えた瞬間、離れていたはずの3つの紐が繫がりました。直後、生徒たちから「オー」という驚きの声が上がります。
調子に乗った私は、キャップを閉めた空き缶の中に気合もろとも「五百円玉を入れる、絹のハンカチを一瞬で消す・・」と、練習した成果を次々と披露していきました。
最後に、52枚のトランプを使って、「生徒の一人が選んだカードを即座に予想し、当てる」という手品を披露しました。その時、生徒が選んだのは「ハートの8」だったのですが、スケッチプックに記した「ハートの8」を見せると、驚きの声とともに大きな拍手が起きました。その反応を目にしていた私は、感動しておりました。「手品ってこんな瞬間をいただけるんだ。実に楽しい!」と心が揺さぶられておりました。ステ—ジを降りた私に多くの生徒たちから「先生スゴイ!」、スタッフのハワイの先生からは「ジョウズネ」という言葉をいただきました。
〇法要で手品を使う
← 2019年5月21日(佐賀龍谷高等学校での講演風景)
この体験の直後「法事に使える」と直感しました。実は、私は兵庫県出身で周囲に知人も少なく、法要終了までの2時間近くは、緊張と息苦しさでかなりの疲労感を覚えるものでした。ですから参加者との距離が近くなるのに何かいい方法はないものかと考え思い続けていたのです。善は急げと、宗教研修会数日後の盆法要で試してみることにしました。脈絡もなく手品をするのも悪くないけれど、「せっかくだからお釈迦様の教えの根本である『縁起の法』を説明する場面で使おう」と決めました。「縁起を言い換えるなら、要は、因縁果の法則のことです。因というのは、内なる可能性つまりタネ、縁は、外なる無数の条件又はワケ、そして結果の果です。例えば、朝顔のタネに土や水を与えるなどの無数の縁が与えられることによって花が咲きます。しかし、都合の良い縁を与えられないと花は咲きません。芽が出たところにスズメが飛んできてその芽を啄むというような都合の悪い縁が与えられると花は咲かないという結果となります。まさにご縁次第ですね。そのことを仏教では、因縁果の法則というのです。これが世の中を厳粛に規定している法則です―」。私なりの解釈で縁起について話を進めていきました。
〇手品の底知れぬ魅力
さて、いよいよ手品の出番。緊張しながら説明を始めます。「手品もタネがあります。因です。それは、見ている人を少しびっくりさせる可能性を含んでいます。また、今この瞬間までに手品のための仕込みや過去からの情報、手品に携わる多くの人々が、皆お互いに関わり合って存在してきています。遠い歴史の背景と、無限大の条件が組み合わさって手品も成立するのです。
では筒状の黒色セルロイドをご覧ください。表を、そして裏も何もないことを確認できましたね。まず、『つるりん』と言いますと筒の中から絹のハンカチが繋がってこんなに出てきました。今度はひっくり返して『つるりん』。あれ?コーラの大瓶が出てきたよ!」。
直後、まず後ろの方で炊事場から駆け付けた奥様や娘さんたちが一斉に拍手。前の男性陣は「あんな大きなコーラが!」と仰天してみえました。緊張した雰囲気が一気にほぐれて、その後は「いつ頃からやってみえるんですか」「来年もお願いできますか」などと質問の嵐です。人と人との関係を深めるきっかけづくりのツールとして手品が非常に役立つことを実感した瞬間でした。 翌年からは、その法事に参加した方の紹介で、保育園、老人介護施設、結婚式の宴会、法人会・ライオンズクラブやJAの講演会など新たなご縁が結ばれていきました。もちろん、寺院での説教や中学・高校の生徒たちへ向けての講演でも使わせていただいております。
手品には、未知の魅力を感じています。私自身も手品で人生を楽しませていただきながら、手品を方便に教え(法)を広めていきたい、と気持ちを新たにしております。
「佐賀の龍谷高等学校からのお礼のメッセージより 」
5月21日は親鸞聖人のお生まれになった日です。本校ではこの日を創立記念日として定め、記念式典を行っています。
今年は、岐阜聖徳学園大学の講師をされている永木節男先生をお招きしてお話をしていただきました。「わたし」の「いのち」に繋がるまでにどれだけの「いのち」があったのか、そして「これから」の自分の生き方によって、「いままで」(過去)がみな意味のあるものになるというお話でした。途中、手品やゲームなども交えながら、生徒たちは興味津々で聴聞していました。ご縁があって一つの学園に集った私たちです。ここに集ったすべての人がここに来るまでに一体どれだけの「いのち」が繋がれ、どれだけの「いのち」と関わってきたのか、それを考えるとき、この出会い、ご縁の不思議さを思います。一人ひとりがその大切さに気づき、日々の生活を送ってもらえればと念じます。永木先生、ありがとうございました。」( 写真は、佐賀龍谷高等学校ホームページより抜粋させていただきました。)